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モノローグ

  • harunokasoilibrary
  • 2025年6月7日
  • 読了時間: 2分

体裁を繕った言葉に何の意味がある?

そんなものは価値のない言葉に過ぎないことは 真の芸術家なら解っていることだが、

良識のある紳士淑女を装っている男女には意味がないこともないだろう。

現状を維持したい人には役にたつ体裁なのだろう。


私には特殊な才能が小さい頃からあったように思う。

それがどうした。自己の才を誇るな!と俗物共は非難するだろうが、真実だからしょうがない。


パステルナークがオリガに書き送っているように、

芸術家は、できるだけ多くの自分の作品の愛好者を持たなければだめだ。作品は他人の中で生きるのだから。

芸術作品は多くの他人に知られ愛されなくては存在の意味がない。知られるのに長い時間がかかるとしても。自信のない芸術家など存在価値がない。私は自信はないが、誇りはまだある。私に残された時間は余りないが、死ぬまでに自信を持てるようになりたいと思う。

展覧会に発表するということは、少しは自信があるということだ。

作品に芸術的価値があろうがなかろうが、作品が理解されようがされまいが、作品が愛されなくてははじまらない。馬鹿な芸人かぶれのように人気ばかり気にせよということではない。理解されないまま流行っても意味がないけれど、流行ることは悪いことではないだろう。そこが第一歩なのだから。まず好きになってから、理解すればいいのだ!

男女の関係と同じで、善い人だ、才能があるから、などと理解してから愛するのではないだろう。悪人でも愛されているではないか。

なぜか解らないけど、全ての真なるものは、愛することからはじまるのだ!

愛するという言葉を表現することが、恥ずかしいと感じるようなら、始めっから愛さなければいいのだが、それは無理か。

日本人は恥の文化を大事?にするらしいから、仕方がないが。真実よりも実益を選ぶ国民だとも私は感じている。

偽善者だらけのこの国で、誤解を恐れず、私は誰に真実の言葉をはなせばいいのだろうか。

言葉だけでは無理だろうが、工夫すれば、ことばで真実のかけらだけでも伝えられるかも知れない。

愛は何処にもないのかもしれないし、愛など理解できるものではないのかも知れない。愛は感じるものだということは真実だろう。

私にはわからない。

2021-01-09 17:56:3

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