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書について2

  • harunokasoilibrary
  • 2月19日
  • 読了時間: 4分

更新日:6月1日

 今年の「野のはな書展」で入場者の一人が、ある作品をジィーと見てから「いい書ですねぇ」と作者に語りかけました。つづいて「いい詩が書いてありますねぇ。私、この詩ずいぶん前から好きだったのです。」「本当にいい書ですねぇ。表装も上等だし。」…。その作品は数十字の現代詩でしたが、その人は数分間その作品を見てこの感想を作者に語ったのでした。

 「いい書ですねぇ」という感想の中味には確かに何がしかの書の姿が含まれているかもしれませんが、この人は書というよりも詩の文章を読み、それが好きだから書を見たつもりになっているにすぎません。表装の良し悪しも作品の本質とは無関係でしょう。多くの鑑賞者がこのような見方をしているのではないでしょうか。これでは書を鑑たことにはなりません。このような見方からは「読めない書」または「好きでない詩文」は見ない、また、見ようとしない態度しか生まれてこないでしょう。仮に好きな詩文が書いてあっても、くずし字や変体仮名が使われている作品は読めない書になってしまい、平安時代や中国の漢詩文は見る気もおこらないたいくつな作品になってしまうでしょう。

 多くの人々は、「書」の前に立って何を見ているのでしょうか。書とは、そこにかかれている詩文を読むものだと思っている人にとっては、読めない書は、読みとることのできないおもしろくない書ということになってしまうのでしょう。この固定観念をまず棄てなければ書は見えてきません。たとえば子供達の書き初め作品などを前にしたとき、私達はそこに何という語句が書いてあるかということよりも「元気な字」とか、「力強い」「弱々しい」「のびのびしている」「まじめそう」「丁寧な感じ」など、その書の書きぶりを直感的に感じとるものです。子供達の場合、それはやはり初歩的な書きぶりにはちがいありませんが、それこそが「書」そのものではないでしょうか。何が書かれているかわからないけれどもそこには何か心に響くものがある、魅きつけるものがある。それこそ書の「言葉」であり、「書」という詩文なのです。

この「書の言葉」は技の鍛錬の上にのみ成立するものです。徹底した技の鍛錬の上にのみ深い言葉は宿ります。ここのところを忘れてはいけません。どんなに立派な詩文を書いてみたところで書の言葉が立派でなければ書として人々に感動を与えることはありえません。また書の言葉は、書の歴史の中で創られ継承されてきました。それを学ぶのが書の学習なのです。そして本当に書きたい言葉、書かずにはいられない現代の言葉を書くための書の技、つまり書の言葉の表現技術を創り出すことが学習の目標なのです。書とは、詩文の形を借りた新しい「書」の「詩文」なのです。ここのところも忘れてはいけません。手本や古典を見るときもまったく同じことです。

 また、何千字も書いた作品の前で「これは、普通の筆の3倍も穂の長い、羊毛のクニャクニャする筆で、しかも筆管の一番上をつまむように持って、こんなに小さい字を書かれたそうよ。すごいねぇ。」「一年がかりで、仕上げは三日三晩ほとんど寝ないで書かれたそうよ、すごい気力ねぇ、そうとう高齢なのに」これは書を見ていることになるのでしょうか、そうではありません。書作品そのものを見ないで、作者にまつわる書の周辺の出来事を書の価値と混同して、書を見たつもりになっているにすぎません。作品の大きさや、制作時間や、年齢や用具は、書の本質とは直接結びつくものではありません。私達の前には「書」そのものがあるにもかかわらず、「書」を見ないで作者の苦心談や人柄で目をくらまされて書の言葉がぜんぜん見えなくなったのでは、その人柄の良いところも何の意味もなくなってしまうのではないでしょうか。用具や、人柄や、制作態度が書にぜんぜん無関係というわけではありませんが、「書」そのものがまず立派でなければなりません。書の価値を鑑別する目を私達は常にきたえなければ書から多くの大切な価値あることを学びとることも、その作者の本当の人柄に接することもできませんし、創作することもできません。

良い書、本当の書、真実の書というものは鑑賞者の日常生活や、仕事に

必ず役立つものなのです。それは、良い絵や、文学作品や音楽とまったく

変わりありません。

(1996年9月 会員つうしん第23号掲載)

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