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年末偶感(新年のあいさつにかえて)

harunokasoilibrary
10月25日
読了時間: 3分

 年もおしつまってくると、、毎年の行事である年賀状書きに寝ることも忘れて筆をつぶしている。別に誰にせめられる訳でもないのに書き上げないと落ち着くことができないのである。今まで必ず元旦に一束のハガキになって几帳面に届けられていた年賀状が、不精でもして届けられなかったら、あの人はどんなにがっかりするだろうか、そんなことを思えば義理でもなんでも、どんなにしんどくても無理をして、疲れはてるまで、いくら書いても気にいらない拙(へた)な書を書かねばならないのである。印刷にすればよいものを、ワープロにすればよいものを、何で手書きの筆文字で手間ひまかけて疲れはてるまで書かねばならないのだろうか。こんな思いをして書き上げた後は重い荷物を肩からおろしたようにすっきりするのである。そして、同じような思いをしたであろう友人、知人から届けられる年賀状を心待ちにし、元旦には年末の苦労もすべて忘れて、一枚一枚の届けられたハガキの品評会を書いてくれた人への安心と共に、最上の楽しみとするのである。

 ところで年末ともなれば、書店の店頭にも、年賀状の書き方の本が並べられ、実用書道を看板にする書道会やそうでない書道会も、講習会や手本で様々な年賀状の書き方を紹介する。NHKでも時機に合わせて、書道といえば実用書道、実用書道こそ書の本道である、また、それでなければ大衆にとって書道を習う意味がないとばかりに大きくとりあげられるのである。

 私は店頭にならべられたりチラシに印刷された見本や、書の手本に書かれた年賀状を見て、頭をかかえこんでしまう。どこが美しいのか。形式的で決まり切ったような、生命も何もない、ただの文字が兵隊のように整然と行儀よくならんでいるか、また品の悪いこけおどしのデザイン文字まがいのものばかりではないか。デザイン文字が悪いといっているのではない。誤解されないように。

 筆文字(もちろん筆で書いた文字のこと)とは何か。活字で書かれた「おめでとう」と、筆文字の「おめでとう」とは天と地ほどのへだたりがあるのである。活字やワープロの文字では、書かれた、というより打たれた文字の意味以上のものは伝えることができないが、筆で書かれた文字には第一筆の起筆から最後の文字の終筆まで、何千という部分に書き手の思いの全てを込めることができるのである。たった五文字の「おめでとう」に無限に近い思いを込めることが可能なのである。ワープロではたった五文字、書き文字では書き手の思いの強さに応じて無限個の言葉を書き込むことができるのである。だからこそ人々はどんなにめんどうでも、どんなにしんどくても大切な心は、心のこもった筆で書こうとするのではないだろうか。人々の正当な、しかしほとんど無意識なこの願いを、実用書道とかまたは印刷業者とかその他の人達は、ふみにじるとまではいわないまでも利用して、何の心もこもらない見てくれだけ美しく見える年賀状の書き方とやらを、毎年のように演じているのである。ここには現代の政治の世界と同じような嘘がある。形式を整えるのはけっこう、おおいにけっこうだが、中身を忘れてはこまる。中身が外身をきめるということを忘れてもらってはこまる。嘘をつくよりも拙(へた)な字の一生懸命なのが最上だ。書の基本を踏まえ、表現力を高めて、書き手の心持ちが最も表現された美しい年賀状を書きたいものである。野のはなの手本も例外ではない。くれぐれも表面だけをまねることで終わらないようにしよう。

 世の中では、争いや不幸なできごとがいたる所でおこっているのだが、今生きていることはまずはめでたいことである。また、筆まめな人は幸いなるかな。筆不精の私は「何所依(なんのよるところぞ)」なんて嘘ぶいて朝寝、昼寝の太平の春をむさぼっているのである。

        

(1997年1月、会員つうしん第25号掲載)


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