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常識と非常識

  • harunokasoilibrary
  • 2025年7月16日
  • 読了時間: 4分

 何年か前、自分の個展の宣伝を京都の画廊連合会ニュースに載せても良いと個展会場のオーナーから許可がもらえて、何しろ初めての事なので僕も有名に成ったもんだ、そうでなければ有名に成る機会が与えられたのだとアホーのように喜んだのだが、キャッチコピーをどうしたものかと額や顎に手を当てて眉間に皺をよせて真剣に真面目に失敗は許されない!人生に一度しかないチャンスなのだからと胃が痛くなるくらいに考え込んだことがあったように思い出す。やっとのことでひねり出したのが「非常識実験書家」であった!

 その時の京都画廊連合ニュース(509号)には下のような紹介記事が載っているというより自己宣伝、自己紹介記事が載っている。自己の宣伝、作品が売れるように自分で作った文章なのだ。有名な評論家や作家が私の作品に感じるところがあって宣伝せずにいられなくて書かれたものではない。一字一句自作自演の自己宣伝なのだ、実力がなくても有名になって金さえもうかればいいという名誉と金がすべての芸人か歌手もどきと似たような心境である。エンターテイナーはそんな人ばかりではない、もっと君よりは立派な誠実な人が沢山いると言われそうだが、その正論には反論できるものではない。作者は、老人だが、書についても、芸術についても、人生についても、たしかな事は何一つ解っていないようである。

 三つの各図版の下部に書かれている表題の左はタイトル、カッコ内は書かれている文字、「回帰2」は(部分)となっているが、書かれている文字は青い色の中に墨で書かれた無数の「死」の集合である。全体は横長の作品である。この個展のために作った冊子(図録)には、「一点一画が一歩一歩だ。悲しみの海の中を歩いて行くしかない。行(ぎょう)とは、このようなものなのか。祈りとは、このようなものなのか。」という僕の詩文もどきが書かれている。

 僕の才能を信じているのだが売れない、しかも有名に成らないのはおかしい!宣伝をしないからなんだと思い込み、以前から応援してくれていた一人の会員が、この画廊連合ニュースと僕の小さな掛け軸(僕の二十年ほど前の個展で清水の舞台から飛び降りるつもりで買ったという作品)を持って、真筆を見ればその真価が解るはずだと、京都ではお馴染みのある画廊に持ち込んだのだが、そこのオーナーは、キャッチコピーの「非常識実験書家」を見て、「なんやこれでは売れへんやんか」「『非常識』ではわざわざ売れんようにしてるようなもんや」「この書家、アホ違うか」「これでは宣伝にはならへんわ」と。そこで、負けないのがその会員さん、「ここに本物を持参しています」「真筆を見れば実力が解ります!」と軸を見せようとすると、「そんなん見んでも解るわ!帰ってんか」会員さんそれでも引き下がらず軸を開いて見せようとする。「うちではこんな有名な画家や無名に近いが中身のある常識的な健全な画家を扱っているが、それでもなかなか売れへんのでっせお嬢さん?」・・・このオーナーがどれほどの目利きか知らないが、後日、この経緯を適当に聞き流した?僕は頭にきた。無能な僕のために無償で動き回っている会員さんが可哀そうに感じて頭にきたのだ。何か違うな!?真意は読者の想像力にまかせよう。

 

 凡庸な映画監督の映画は常識的に、悲しいシーンでは悲しい音楽を楽しい元気なシーンでは明るい音楽をバックに流す。音楽はシーンの伴奏に過ぎないことが多いが、活劇シーンでは常識的に活動的な伴奏が効果的である。それも勝手だけど小津安二郎の映画では、全てではないが、悲しいときにポルカなどの軽快な音楽が使われ非常識がより効果をあげている。「東京暮色」の明子の自殺のシーンなどは良い例だろう。図版1と2は画面から観客に訴えかけるかのように正面を見据えて物体の様に独白している変化のない造形は目だけが活き活きして、非常識な描き方である。セリフも「いやあね 世の中って」とネガティブな言い回しが常識的ではない。しかし小津は悲しいとか淋しいとか陽気だとかの感性に訴える様な表現者ではない。カット画面の構成を見ると解るように色や形や線の構成は計画的、理知的に計算されているのだ。その理性的、合理的、科学的なモダニズムが感性をより豊かにしているようにぼくには思われるが、皆さんがどう考えるかはもちろん飛翔する鳳凰のように自由です。

(2021年12月・会員つうしん第177号掲載)


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