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時を待つ

  • harunokasoilibrary
  • 7月11日
  • 読了時間: 5分

 嘘と親切と美をブレンドした卑しい世界であった。こんなみにくく卑しい人間の本性がむき出しの世界は他にもあるのだろうか。この病棟は打算とこびへつらう老人と若人のみにくい世界であった。バカバカしいくらい面白い世界だったが、人間が嫌になり生きつづけることがイヤになる。老若男女の善人ぶった、優しい人ぶった声色や美しい言葉にはうんざりする。若い男女はお世辞を平気で言い、恥知らずである。自分の保身のために生きているのに人のため人のためと噓をつく。デーモンは声が大きくよくペラペラと元気にしゃべり、態度がでかい。


 9条Tシャツを着て歩いたが、ほとんど反応がなかった。書道7段という若いリハビリのセラピスト(女)は正面に9条があっても字とは思っていないようだ。意外なことに26歳の男のセラピストは、「これは何が書いてあるのですか?」ときいてきたので「9条が書いてある」というと「誰の書か」ときくので「僕の書です」というと「えっ!春野さんの!誰か有名な人がデザインしたものかと思っていました。すごいなあ!」信じられないようである。こんな美しく力強い書が、目の前にいる力のないボロのような老人に書けるはずがないといった風である。


4/7に左手で書かれた手紙
4/7に左手で書かれた手紙

 若い男は僕のような老人をペットの小犬のように支配したいのだろうか。夜、病院の通路をヨチヨチ歩いていたら、見守りのつもりか横によってきて、80の老人にいうように、「春野さん、背筋をのばして遠くを見て、遠くに千円札が落ちてるかも知れないしね、しゃんとして歩きましょう!」ま!その通りだからいいか、余計なお世話だ。僕は独歩で見守りはいらないのだ!その同じ看護婦が又「食器を片付けましょうか」ぼくがそれを渡そうとすると「重いからいいよ」(合計3㎏もない)ぼくは10㎏でも持てるのにアホじゃないか。ぼくよりも力もちと思っているようだ。老人に親切にして優しい女だと思っているのだろうが、自己満足もほどほどにしろ! 

 しかし、ぼくは細くなってきている。キャシャで力のないじいさんだと思われても仕方ないだろうけど、現実をぜんぜんみていないのが愚かしい!また夜、見守りで横を歩いているとき、スニーカーのひもをしめ忘れたのをしめようとして下にしゃがんだら

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「あぶない!そうするとき転倒するんよ、気をつけて!」と止められて余計に危なかった。バカじゃないか!余計なお世話だ!

 洗濯バサミを親指と中指その他の指でつまんで挟むリハビリは意外と難しい。特に小指にまるで力が入らないし、小指に力をつけるのが目的なのだから、逃げて楽な指で何十本挟んでも意味がない。おじゃみ(富有柿のような大きさ)を一回で10個くらいつかんでもちあげ手首を10回上げ下げしてからパッと離すことを何回もくり返す。11個までつかめたが指が短くて太い、手の小さなぼくには上出来だ!ビー玉を8個ほど握りしめて1個ずつ親指側に押し出してコーンの上を截った穴から入れていくのもスルスルすべって難しい。親指と小指でビー玉をつまんでコーンに入れていくのも難しいが面白い‼これをやっている時セラピストの青年がやってきてぼくと顔があって、「アッ!こんにちは!すみません!」と鬼の顔でも見たようにあわてて逃げるように出ていったが、こっちこそ驚くわ。何だと思ってるのか。はっきりわからなかったがK君のような気がした。セラピストのNさんが笑って「何あれ?」って言っていたが、僕はリハビリに熱中していてはっきりしなかったけれど何アレ、何を恐れている、神を信じろよ!

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 新聞紙をボール状に小さくまるめてからそれを手でのばして2枚重ねて手で2等分にやぶくのをくり返して、小さくきっていくのもおもしろい。どんなつまらなくみえることでも、やり出すとおもしろがって一生懸命やるのが僕のくせのようだ。幸福な男だね!何も争いがなければ、こんな無邪気なことをして一日中遊んですごしてもぼくはあきないだろう。おもしろくない男だね!

 言語のリハビリの中でもこのスピーチ(新築祝いでの来賓の祝辞)だけは、何度やっても拷問のように苦しく嫌だった。(「ご新築おめでとうございます。うわさをしのぐ立派なご新居に驚きました。これも長年のご努力の積み重ねと感服いたします。奥様の和子様も今日は格別にご満足のよう、たいへん結構なことでございます。すがすがしいこのご新居に、さらに多くの幸福がまいりますようにお祈りして…」)二度と読みたくないが、お世辞でおだてられて何度もまじめぶって練習した!情けないね!いくら発声の稽古だといっても感情移入なしでぼくは読むことができないのだ!すぐ意味を考え、つまらない偽善的なことばには嫌悪感まる出しになって舌がからまって読めなくなるのだ。

 そのことがセラピストにもだんだん分かってきたらしく、「表現や感情移入はまだまだ先のことですが、何か読みたい言葉がありましたらそれにしましょう」といわれたので、それなら「シアトル首長のスピーチ」が良いなと僕が言い、「どうかいつまでも」を読んだ。感情移入は80%ほどだったけどところどころ感きわまって涙ぐんだりして、しばらく声がつまり涙をふりしぼってやっとのことで最後まで読みきった。セラピストも「今までで一番良い」とほめなければ、その気になっている老クラウン(ピエロ)に申し訳ないと思ったのだろうが、ちっとも嬉しくなかった。バカヤロウ!言葉や説明なんか芸術作品には不用だといっているぼくが誰よりもことばや説明を大切にしているのだ‼


 アー説明しなければわからないのだろう!

(2021年6月・会員つうしん第174号掲載)

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